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|BME JUL 11|7 1/2 x 38|coh-hk|$215.90/25|重量:−1( 10.16g)|算出:0|香味:+1|
ラッパーは全体的に赤みがかった薄茶色。所々に緑色を残している。
初日より断然美味しいが、やはり荒野感は残っている。モンテクリストは2011年から荒野に変わったのだろうか。なんだか軽いし、キャラメルなどほとんど感じられない。モンテクリストの芳香はあり、乾いたナッツも少々香るが、極めて味気ない乾いた薄味で、肺喫煙しても何ら苦にならない。甘味はほぼない。
ただの熟成不足なら問題なく、もっとも、不味いか美味しいかといえば美味しいのである。二年前の事、記憶にあるエスペシャルが美味しすぎるだけかもしれないが、クラシックNo.1は二年後も裏切らなかった。この裏切りはダビドフの裏切りに似ている。未だに初めて吸ったダビドフNo.2をどの葉巻も超えていない。細いビトラとの相性が悪くなったのかもしれない。
日本酒なんかはどの蔵元も毎年大体同じ酒質の物を作ってくるけれど。
日本酒もおそらくシェリー酒のソレラシステムほどには安定していないが(ソレラシステムは究極的に段々深みを帯びもするのだが、段々速度を緩めながら永久に遠ざかる林檎のように)、ハバナソレラシステムというのは開発できないものか。
ただ、まだ、到着して一週間足らずという一番怪しい時期である。
ラッパーは全体的に赤みがかった薄茶色。所々に緑色を残している。
初日より断然美味しいが、やはり荒野感は残っている。モンテクリストは2011年から荒野に変わったのだろうか。なんだか軽いし、キャラメルなどほとんど感じられない。モンテクリストの芳香はあり、乾いたナッツも少々香るが、極めて味気ない乾いた薄味で、肺喫煙しても何ら苦にならない。甘味はほぼない。
ただの熟成不足なら問題なく、もっとも、不味いか美味しいかといえば美味しいのである。二年前の事、記憶にあるエスペシャルが美味しすぎるだけかもしれないが、クラシックNo.1は二年後も裏切らなかった。この裏切りはダビドフの裏切りに似ている。未だに初めて吸ったダビドフNo.2をどの葉巻も超えていない。細いビトラとの相性が悪くなったのかもしれない。
日本酒なんかはどの蔵元も毎年大体同じ酒質の物を作ってくるけれど。
日本酒もおそらくシェリー酒のソレラシステムほどには安定していないが(ソレラシステムは究極的に段々深みを帯びもするのだが、段々速度を緩めながら永久に遠ざかる林檎のように)、ハバナソレラシステムというのは開発できないものか。
ただ、まだ、到着して一週間足らずという一番怪しい時期である。
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|MES MAY 11|4.7 x 52|coh-hk|$285/10|重量:0(12.43g)|算出:+1|香味:+2|
フットのフィラーを覗くと濃淡はあるものの単一色である。茜や緑や黒は無く、茶色。香はチーズ臭のような葉巻臭。いつもだが、どうして葉巻の匂いを嗅ぐと嚔が出るのだろう。胡椒と同じ原理だろうか。
一口目は普通の葉巻。良くできたニカラグアモノというか、ハバナ感が薄いというか、それゆえハバナっぽいというか、半々。二口目から甘そうな気配がしてくる。5口目ぐらいまでは薄口で、ピリ辛で、輪郭が整わない。だが既にいずれ花っぽい物だとわかる。
やはり極めて木犀が多い。葉巻感は水を塗ったよう。モネが蓮を描くように執拗に金木犀が薫り、そんな絵で飾られた四阿に居るようである。モネという、なんともミーハーな感じがこそばゆい。
木犀といえば小便の染みたような木から咲くのだが、これは小便の染みた土から咲くようなところがある。もっとも前者の木も土から生えるには違いないけれど。コイーバ全体を岩に喩えるなら、コイーバらしい岩は希薄である。でもどれかといったら、やはりコイーバでしかない。岩が空を飛んでいるような気がする。重い岩が飛んでいるというよりは、気球にペイントした岩が飛んでいるような感じなのだが。
花が少し落ち着くと、かえって枯れ始めではなく、咲き始めの新鮮な木と土が目立ってくる。土と木はやはり水を塗ったように淡い。モネが水彩画に転向したよう。
途中で酸味が来るのは御愛嬌だろうか。
極めて高級な個体だとはわかる気がするのだが、何か足りない。高級品にも当り外れはあり、当り外れは製造元でも判別しかねるのだろう。当ったらどうなるのか、たったの十本で当るのか、甚だ不明。
巻きは若干緩かった。それが水っぽさと辛みを多少加えすぎている気がする。
一度灰を落とすと、54にあったような炭っぽさが出てくる。この時点で岩が漸く岩となり、しかしその岩が炭で描かれているのである。岩が土に近いという事なのかもしれない。土に黴の生えたような古人形の香が立っている。その、あるいは土偶のような人形が、薄い金木犀で彩られているのである。『縄文のヴィーナス(■)』を眺めながら燻らせたらどんなにか美味しいだろう。この葉巻自体、それほど美味しくないというか、今のところ難しすぎるのだが。つまりヴィーナスの手を借りねばならないが。
よっぽどハバナに飽きた人か、全くハバナを知らない人がこれを格別美味しく感じるのではないかと思う。これを愉しむには私のハバナ経験が中途半端すぎる。中途半端さを自負しすぎているのかもしれないが、煙にこんな自意識は通用しないはずで……やっぱり煙は難しい。どうなのだね、玄人と初心者よ。
前回と違って甘味が欠如している。
だがまだ5センチ残っている。ここからだったのである。
淡く滲むような甘味と淡く滲むような土と淡く滲むような花が入り交じるのは。三つ巴がひとえに美味い。三つに共通しているのは淡さで、実に濃い幻惑の淡さ。
一本目と二本目で完全に似て非なる物。ゴールデンウィークなので金色一辺倒でも構わなかったが、むしろ一本目が金色だった。だが二本目も微かに金色が響いているのである。金というのはなかなか軽薄な感じもするのだが、金箔が剥がれて木目を現しはじめた仏像のような印象がなくはない。黒ずんだ木ではないが。
残3センチでナッツが現れる。消える寸前の炎の猛りというか、実際に消火させてしまったのだが、再着火してもナッツは芽生えている。いつまでも序盤のような鮮度を感じるといえば感じるのであるが、それでもやはり終盤は終盤臭い。
フットのフィラーを覗くと濃淡はあるものの単一色である。茜や緑や黒は無く、茶色。香はチーズ臭のような葉巻臭。いつもだが、どうして葉巻の匂いを嗅ぐと嚔が出るのだろう。胡椒と同じ原理だろうか。
一口目は普通の葉巻。良くできたニカラグアモノというか、ハバナ感が薄いというか、それゆえハバナっぽいというか、半々。二口目から甘そうな気配がしてくる。5口目ぐらいまでは薄口で、ピリ辛で、輪郭が整わない。だが既にいずれ花っぽい物だとわかる。
やはり極めて木犀が多い。葉巻感は水を塗ったよう。モネが蓮を描くように執拗に金木犀が薫り、そんな絵で飾られた四阿に居るようである。モネという、なんともミーハーな感じがこそばゆい。
木犀といえば小便の染みたような木から咲くのだが、これは小便の染みた土から咲くようなところがある。もっとも前者の木も土から生えるには違いないけれど。コイーバ全体を岩に喩えるなら、コイーバらしい岩は希薄である。でもどれかといったら、やはりコイーバでしかない。岩が空を飛んでいるような気がする。重い岩が飛んでいるというよりは、気球にペイントした岩が飛んでいるような感じなのだが。
花が少し落ち着くと、かえって枯れ始めではなく、咲き始めの新鮮な木と土が目立ってくる。土と木はやはり水を塗ったように淡い。モネが水彩画に転向したよう。
途中で酸味が来るのは御愛嬌だろうか。
極めて高級な個体だとはわかる気がするのだが、何か足りない。高級品にも当り外れはあり、当り外れは製造元でも判別しかねるのだろう。当ったらどうなるのか、たったの十本で当るのか、甚だ不明。
巻きは若干緩かった。それが水っぽさと辛みを多少加えすぎている気がする。
一度灰を落とすと、54にあったような炭っぽさが出てくる。この時点で岩が漸く岩となり、しかしその岩が炭で描かれているのである。岩が土に近いという事なのかもしれない。土に黴の生えたような古人形の香が立っている。その、あるいは土偶のような人形が、薄い金木犀で彩られているのである。『縄文のヴィーナス(■)』を眺めながら燻らせたらどんなにか美味しいだろう。この葉巻自体、それほど美味しくないというか、今のところ難しすぎるのだが。つまりヴィーナスの手を借りねばならないが。
よっぽどハバナに飽きた人か、全くハバナを知らない人がこれを格別美味しく感じるのではないかと思う。これを愉しむには私のハバナ経験が中途半端すぎる。中途半端さを自負しすぎているのかもしれないが、煙にこんな自意識は通用しないはずで……やっぱり煙は難しい。どうなのだね、玄人と初心者よ。
前回と違って甘味が欠如している。
だがまだ5センチ残っている。ここからだったのである。
淡く滲むような甘味と淡く滲むような土と淡く滲むような花が入り交じるのは。三つ巴がひとえに美味い。三つに共通しているのは淡さで、実に濃い幻惑の淡さ。
一本目と二本目で完全に似て非なる物。ゴールデンウィークなので金色一辺倒でも構わなかったが、むしろ一本目が金色だった。だが二本目も微かに金色が響いているのである。金というのはなかなか軽薄な感じもするのだが、金箔が剥がれて木目を現しはじめた仏像のような印象がなくはない。黒ずんだ木ではないが。
残3センチでナッツが現れる。消える寸前の炎の猛りというか、実際に消火させてしまったのだが、再着火してもナッツは芽生えている。いつまでも序盤のような鮮度を感じるといえば感じるのであるが、それでもやはり終盤は終盤臭い。
|BRU SEP 10|6 2/5 x 42|coh-hk|$184.50/25|重量:0(10.90g)|算出:−2|香味:0|
火を点けると鼻の利く鴉が寄ってきて、ベランダが蠢く黒で満席になる。火を消すと散じる。火を点けると黒い鴉が寄ってくる。また散じる。雨なのに御苦労様。
火を点けると鼻の利く鴉が寄ってきて、ベランダが蠢く黒で満席になる。火を消すと散じる。火を点けると黒い鴉が寄ってくる。また散じる。雨なのに御苦労様。
|SEP FEB 11|4 1/2 x 26|coh-hk|$101.15/25|重量:−2( 2.55g)|算出:+5|香味:+3|
昨夜に続き、これにも荒野を感じる。しかも荒野で茶店に入ったような、当りの荒野。中は涼しく、ジュークボックスが鳴っている。ジュークとジュースを掛けたかのように旨味がジュージュー鳴っている。旨いが、モンテクリスト独特の爽やかさである。それにしても荒野っぽい。No.1は全然荒野を感じないのに。ホイタスの場合、荒野が細身の辛みと絡み合って小気味好い。
吸い進むと苦みを伴った濃い黒い香ばしさが岩のように顔を出す。その岩が青緑色の空に映えている。コイーバ以外で「岩」という言葉を使ったのは初めて。荒野にてコイーバとモンテが結婚してしまったらしい、絶妙な色合いである。
この葉巻は製造終了だと何処かで読んだはずだが、信憑性はともかく、やはり珈琲にはこういうものがないと困る。この葉巻があるだけで珈琲ブレイクというものが三倍は華やかになるような。葉巻をまじまじと味わっているのだから朴訥の華やかさではあるけれど、三倍休んだ気になる。
パンチ・マルガリータも無くなってしまったと聞いたようだが。
昨夜に続き、これにも荒野を感じる。しかも荒野で茶店に入ったような、当りの荒野。中は涼しく、ジュークボックスが鳴っている。ジュークとジュースを掛けたかのように旨味がジュージュー鳴っている。旨いが、モンテクリスト独特の爽やかさである。それにしても荒野っぽい。No.1は全然荒野を感じないのに。ホイタスの場合、荒野が細身の辛みと絡み合って小気味好い。
吸い進むと苦みを伴った濃い黒い香ばしさが岩のように顔を出す。その岩が青緑色の空に映えている。コイーバ以外で「岩」という言葉を使ったのは初めて。荒野にてコイーバとモンテが結婚してしまったらしい、絶妙な色合いである。
この葉巻は製造終了だと何処かで読んだはずだが、信憑性はともかく、やはり珈琲にはこういうものがないと困る。この葉巻があるだけで珈琲ブレイクというものが三倍は華やかになるような。葉巻をまじまじと味わっているのだから朴訥の華やかさではあるけれど、三倍休んだ気になる。
パンチ・マルガリータも無くなってしまったと聞いたようだが。
|BME JUL 11|7 1/2 x 38|coh-hk|$215.90/25|重量:−1( 9.58g)|算出:−2|香味:0|
PCを買い替えて、このブログが吃驚のデザインである事に気づき、デザインを微調整した。というか昔のPCの設定が良かったのかもしれない。コンピューターの事はよくわからない。どのPCをも私のPCに変えてしまう方法があれば良いのだが。私のPCでは今回の微調整で十分である。元々デザインというほどのデザインもないが、本業がデザイナーの人なら今回も許さないだろう。
到着日に外れるとは珍しい。箱は素の杉箱で、全面にシールが貼られていない。蓋を開けると思いのほか細く、丸い。鮨詰めでない為、葉巻が四角く変形していない。高級品の位置づけだからなのか。
一口目から洗剤がぷっと入ってきて、あからさまな洗剤はそれで収まるが、ラファエルゴンザレス・レイデルムンド・グロリアクバーナの荒野三兄弟に見るような乾いた荒野でポンコツの洗濯機を弄り回しているような感じである。三兄弟が文殊の知恵を失ったような、絞った雑巾が絞った形のまま乾いたような。少し塩味を感じるが、塩ほど信用できない物はない(一度塩を感じると1週間ぐらいはどの葉巻にも塩を感じるので)。どうも味覚を狂わせる起点となりうる葉巻らしい。ただ、モンテクリストらしき香味が、絹層雲のように遠いものの、見えなくはない。
映画『バグダッド・カフェ』を思い出したりしてこの荒野に美化を計るのだが、実際、それでかなり美化される。洗濯機は家の外にあるべきだろう。
あるいはクラシックNo.1に馴れすぎて、元々エスペシャルはこういう味わいだったかと思い直したが、やはりハズレだろう。しかしクラシックNo.1の場合はハズレても荒野の味はしなかった。エスペシャルは元々荒野の素質があるのかもしれない。
遥か昔からモンテクリストで一番良いのはエスペシャルだと思っていたから、なかなか今後が心配になる結果だった。モンテクリストは元々旨味の多い物ではないと思うけれど、これはクラブ程度の薄い味わいだった。こんなドライシガーめいた乾きを三兄弟に寄り添わせてはいけない。これに比べればかんかん照りの三兄弟には雨の恵みが随分とある。これは曇っているのにいつまでも雨が降らないといった荒野である。
PCを買い替えて、このブログが吃驚のデザインである事に気づき、デザインを微調整した。というか昔のPCの設定が良かったのかもしれない。コンピューターの事はよくわからない。どのPCをも私のPCに変えてしまう方法があれば良いのだが。私のPCでは今回の微調整で十分である。元々デザインというほどのデザインもないが、本業がデザイナーの人なら今回も許さないだろう。
到着日に外れるとは珍しい。箱は素の杉箱で、全面にシールが貼られていない。蓋を開けると思いのほか細く、丸い。鮨詰めでない為、葉巻が四角く変形していない。高級品の位置づけだからなのか。
一口目から洗剤がぷっと入ってきて、あからさまな洗剤はそれで収まるが、ラファエルゴンザレス・レイデルムンド・グロリアクバーナの荒野三兄弟に見るような乾いた荒野でポンコツの洗濯機を弄り回しているような感じである。三兄弟が文殊の知恵を失ったような、絞った雑巾が絞った形のまま乾いたような。少し塩味を感じるが、塩ほど信用できない物はない(一度塩を感じると1週間ぐらいはどの葉巻にも塩を感じるので)。どうも味覚を狂わせる起点となりうる葉巻らしい。ただ、モンテクリストらしき香味が、絹層雲のように遠いものの、見えなくはない。
映画『バグダッド・カフェ』を思い出したりしてこの荒野に美化を計るのだが、実際、それでかなり美化される。洗濯機は家の外にあるべきだろう。
あるいはクラシックNo.1に馴れすぎて、元々エスペシャルはこういう味わいだったかと思い直したが、やはりハズレだろう。しかしクラシックNo.1の場合はハズレても荒野の味はしなかった。エスペシャルは元々荒野の素質があるのかもしれない。
遥か昔からモンテクリストで一番良いのはエスペシャルだと思っていたから、なかなか今後が心配になる結果だった。モンテクリストは元々旨味の多い物ではないと思うけれど、これはクラブ程度の薄い味わいだった。こんなドライシガーめいた乾きを三兄弟に寄り添わせてはいけない。これに比べればかんかん照りの三兄弟には雨の恵みが随分とある。これは曇っているのにいつまでも雨が降らないといった荒野である。
|UBE SEP 11|4 4/5 x 50|coh-hk|$62.90/10|重量:−1( 10.06g)|算出:+7|香味:+4|
さすがに10.06gだとスカスカしている。スカスカだと煙草の煙らしい辛みが来る。にしてもこの葉巻は甘くて美味しい。どの葉巻をも突き放して圧倒的にフルーティーなのである。正直ここまでロメオがフルーティーだとは思っていなかった。
何の果実かまったくわからないのだが。……突然性格が変わって「マジんまいなぁ」と言いたくなる。ロメオの中でもショートチャーチルならではなのか、フルーティーではなかった葉巻の堆積がこれを際立てているのか、わからない。ロメオがここまで美味しいとはまったく思っていなかった。
スカスカだからか、5ミリ吸ったら火が消えた。思えばこれがハバナシガーであることをしばし忘れて、再着火することで葉巻らしさを初めて感じたのである。シガー以上の別世界に最初の5ミリで行ってしまっていたのである。
強くて辛いがフルーティー、というのはいかにも簡単であり、難しいのはこのフルーツが何なのかである。強くて辛いが甘くて軽い。このような天の邪鬼を同一化する触媒なのであるが、フルーツ自体が何であるのかはまったくわからない。いわばまさに夢にも見ない夢の果実といえよう。
多少キウイの金属感が響くも、果実ならではの切れの良い爽やかな甘味のほうが遥かに強い。しかも酸味はなく、葉巻感が酸味の代わりをしている。果実が小便臭い木に実って、この小便臭い脇役の木にのみかろうじて葉巻らしさを感じる。
ロメオの代表格がチャーチルであることはわかっている。このロブストをあえてショートチャーチルと銘々する事が何を意味するのかもわかりそうなものである。しかし「ショートチャーチル」よりも「ロブスト」と言った方が明らかに語感が良い。私は「シガー」という言葉があまり好きではなく、「葉巻」という言葉が大好きなのだが、その好悪と似た感じ。「葉巻」=「ロブスト」といっても過言ではない。……
したがってチャーチルよりもロブストの方が美味しいのだが、これは古き佳き時代の舶来品の記憶らしい。経験しえない時代を経験しうるというか、全くもってこの葉巻は大型船で到着したに違いない品物なのである。輸入者の矜持をもって税関に電話したいぐらいで、葉巻の経験豊かなダンディー税官吏が向こうの受話器を取り、この葉巻の輸入者に畏敬の念を抱いてくれればなお良い。(ちなみに、電話するまでもなく120g分の煙草税を取られた)
着火前はあまり葉巻を吸いたい気がなく、到着日の嬉しさの慣性で自動ドアのように自動的に着火したのだが、意想外なるものかなである。
スカスカな辛みが旨い具合に昇華されれば+5の恍惚感だった。変化は薄いが、初っ端から美味で、終始ぶれない。最高級の果物を輸入した感じがするが、日本の果物以上に手を入れた果物が外国に存在するはずもない。そうではないのである。このロブスト葉巻がその果物なのである。それもそうだろう。外国人が愛媛蜜柑を育てないように、日本人は葉巻を巻かない。それでも日本で葉巻を愛媛蜜柑的に吸う事はできる。キューバ人にしてみれば、日本人が最高級の愛媛蜜柑を啜るような心地なのだろう。しからばこれはいかにも舶来品なのであった。
さすがに10.06gだとスカスカしている。スカスカだと煙草の煙らしい辛みが来る。にしてもこの葉巻は甘くて美味しい。どの葉巻をも突き放して圧倒的にフルーティーなのである。正直ここまでロメオがフルーティーだとは思っていなかった。
何の果実かまったくわからないのだが。……突然性格が変わって「マジんまいなぁ」と言いたくなる。ロメオの中でもショートチャーチルならではなのか、フルーティーではなかった葉巻の堆積がこれを際立てているのか、わからない。ロメオがここまで美味しいとはまったく思っていなかった。
スカスカだからか、5ミリ吸ったら火が消えた。思えばこれがハバナシガーであることをしばし忘れて、再着火することで葉巻らしさを初めて感じたのである。シガー以上の別世界に最初の5ミリで行ってしまっていたのである。
強くて辛いがフルーティー、というのはいかにも簡単であり、難しいのはこのフルーツが何なのかである。強くて辛いが甘くて軽い。このような天の邪鬼を同一化する触媒なのであるが、フルーツ自体が何であるのかはまったくわからない。いわばまさに夢にも見ない夢の果実といえよう。
多少キウイの金属感が響くも、果実ならではの切れの良い爽やかな甘味のほうが遥かに強い。しかも酸味はなく、葉巻感が酸味の代わりをしている。果実が小便臭い木に実って、この小便臭い脇役の木にのみかろうじて葉巻らしさを感じる。
ロメオの代表格がチャーチルであることはわかっている。このロブストをあえてショートチャーチルと銘々する事が何を意味するのかもわかりそうなものである。しかし「ショートチャーチル」よりも「ロブスト」と言った方が明らかに語感が良い。私は「シガー」という言葉があまり好きではなく、「葉巻」という言葉が大好きなのだが、その好悪と似た感じ。「葉巻」=「ロブスト」といっても過言ではない。……
したがってチャーチルよりもロブストの方が美味しいのだが、これは古き佳き時代の舶来品の記憶らしい。経験しえない時代を経験しうるというか、全くもってこの葉巻は大型船で到着したに違いない品物なのである。輸入者の矜持をもって税関に電話したいぐらいで、葉巻の経験豊かなダンディー税官吏が向こうの受話器を取り、この葉巻の輸入者に畏敬の念を抱いてくれればなお良い。(ちなみに、電話するまでもなく120g分の煙草税を取られた)
着火前はあまり葉巻を吸いたい気がなく、到着日の嬉しさの慣性で自動ドアのように自動的に着火したのだが、意想外なるものかなである。
スカスカな辛みが旨い具合に昇華されれば+5の恍惚感だった。変化は薄いが、初っ端から美味で、終始ぶれない。最高級の果物を輸入した感じがするが、日本の果物以上に手を入れた果物が外国に存在するはずもない。そうではないのである。このロブスト葉巻がその果物なのである。それもそうだろう。外国人が愛媛蜜柑を育てないように、日本人は葉巻を巻かない。それでも日本で葉巻を愛媛蜜柑的に吸う事はできる。キューバ人にしてみれば、日本人が最高級の愛媛蜜柑を啜るような心地なのだろう。しからばこれはいかにも舶来品なのであった。
|LOT JUL 10|4 4/5 x 50|coh-hk|$141.10/25|重量:0(13.11g)|算出:+5|香味:+3|
シングル買いで色々物色していた時期に一番気になったのがこのフアン・ロペスのセレクションNo.2だった。「10〜15年熟成すべし」というし、50本入りが欲しかったが、先ず25本入りで様子を見たほうが賢明だと判断した。50本入りで買ってもちょこちょこ蓋を開けていては旨味が逃げてしまう気がする。50本丸ごと10年熟成させ、そこから5年をかけて徐々に失っていくのが最良だろうから。若い者が早速そんなふうに長生きするつもりというのも変だし(私は若者というほど若くないが)、何時死の宣告を受けても不思議ではない齢の人が50本入りを買って10年待つのが似合う気がする。できればそんな人に15年物を裾分けいただきたい。
よぼよぼな外観で、中身はたっぷり詰まり、はっきりと懐かしい匂い。特定のハバナシガーが懐かしいのか、葉巻以前の何かに似ているのか、どことなくフォンセカを懐かしんでいる気もする。素朴な田舎の納屋である。
火を点けると、納屋に草が生え、去年の花火などが湿気っている。この花火、爆発するのか。
コイーバのロブストなどを結構吸ってしまったからか、この葉巻をフォンセカクオリティ程度にしか感じない。……それも5ミリまでで、少し辛かったのが、突然クコッとコクが来て、同時に微かな花が来る、と同時に辛みが消えて穏やかになる。以前一本試した物を此処で思い出せた。甘味をほとんど感じないのも同じである。相変わらずモノクロの風景の美しさ。コクだけを残し、あとは風が攫ってしまった痕である。攫われた物の微かな名残が寂しくて、寂しいが風景が静まり返っていて美しい。
カカオと土のブレンドに苦みが走ることもある。
木と花が強く思い出されることもある。みんな死んでいなかったのか。
やはり死んでいたのだな。死んでいた味がするのだから。
こりゃ旨い!という香味はないが、葉巻の中で一番文学的な馨がする。美味としては+3だが、存在としては+5という感覚。癖になってどうしてもまた吸ってしまうという物らしくはなく、熟成にも向いている。静かで、穏やかで、煩くなく、寂しく、コク深い。花もまん丸でシャボン玉のように消えやすくまろやか。
時を隔てて二本ともこのようだから、このような物なのだろう。このような物としている人をほかに見ない(甘いと言っている人もいる)が、残24本もこのような物であってほしい。中学生筒井康隆がJ・G・バラードを昭和の日本に置いたような。キューバ人は何を思ってこんなブレンドをするのか。
このような不思議な物が500円で買えるという不思議。だがcoh-hkは10%の値上げになった。値上げ直前、急いで買う時にこれを選んだのだった。
シングル買いで色々物色していた時期に一番気になったのがこのフアン・ロペスのセレクションNo.2だった。「10〜15年熟成すべし」というし、50本入りが欲しかったが、先ず25本入りで様子を見たほうが賢明だと判断した。50本入りで買ってもちょこちょこ蓋を開けていては旨味が逃げてしまう気がする。50本丸ごと10年熟成させ、そこから5年をかけて徐々に失っていくのが最良だろうから。若い者が早速そんなふうに長生きするつもりというのも変だし(私は若者というほど若くないが)、何時死の宣告を受けても不思議ではない齢の人が50本入りを買って10年待つのが似合う気がする。できればそんな人に15年物を裾分けいただきたい。
よぼよぼな外観で、中身はたっぷり詰まり、はっきりと懐かしい匂い。特定のハバナシガーが懐かしいのか、葉巻以前の何かに似ているのか、どことなくフォンセカを懐かしんでいる気もする。素朴な田舎の納屋である。
火を点けると、納屋に草が生え、去年の花火などが湿気っている。この花火、爆発するのか。
コイーバのロブストなどを結構吸ってしまったからか、この葉巻をフォンセカクオリティ程度にしか感じない。……それも5ミリまでで、少し辛かったのが、突然クコッとコクが来て、同時に微かな花が来る、と同時に辛みが消えて穏やかになる。以前一本試した物を此処で思い出せた。甘味をほとんど感じないのも同じである。相変わらずモノクロの風景の美しさ。コクだけを残し、あとは風が攫ってしまった痕である。攫われた物の微かな名残が寂しくて、寂しいが風景が静まり返っていて美しい。
カカオと土のブレンドに苦みが走ることもある。
木と花が強く思い出されることもある。みんな死んでいなかったのか。
やはり死んでいたのだな。死んでいた味がするのだから。
こりゃ旨い!という香味はないが、葉巻の中で一番文学的な馨がする。美味としては+3だが、存在としては+5という感覚。癖になってどうしてもまた吸ってしまうという物らしくはなく、熟成にも向いている。静かで、穏やかで、煩くなく、寂しく、コク深い。花もまん丸でシャボン玉のように消えやすくまろやか。
時を隔てて二本ともこのようだから、このような物なのだろう。このような物としている人をほかに見ない(甘いと言っている人もいる)が、残24本もこのような物であってほしい。中学生筒井康隆がJ・G・バラードを昭和の日本に置いたような。キューバ人は何を思ってこんなブレンドをするのか。
このような不思議な物が500円で買えるという不思議。だがcoh-hkは10%の値上げになった。値上げ直前、急いで買う時にこれを選んだのだった。
|TEB SEP 07|6.8 x 43|coh-hk|$193.50/25|重量:0(13.43g)|算出:−4|香味:−2|
これで8本目だが、美味しかったのは初日の二本のみ。全てに於いて巻きがきつく、木のえぐみを添えた酸味が五月蝿い。巻きがきついからか、最悪のコーヒーにそっくりの嫌な酸味と嫌な苦みも感じるのである。ほとんどその嫌な感じに支配されている。浅煎りし挽いたのち常温で1年間放置した豆で淹れたコーヒーである。滓以外の何物でもない。これなら温かく稼働するコピー機の紙の匂いを嗅いでいた方がまだ良い。ここまで酷評しておきながら、私は良い所を探す。すると健やかなコクが新緑のように芽生えているではないか。だが結局この芽が生育するはずもなかったのである。私はこういう葉巻をギロチンカッターで切ったとき、なんで首ではなかったのかと本当に思う。(ちなみに、本当以上の嘘はない)
初日の二本が美味しかったのはどういう訳なのだろう。本当に不思議。
これで8本目だが、美味しかったのは初日の二本のみ。全てに於いて巻きがきつく、木のえぐみを添えた酸味が五月蝿い。巻きがきついからか、最悪のコーヒーにそっくりの嫌な酸味と嫌な苦みも感じるのである。ほとんどその嫌な感じに支配されている。浅煎りし挽いたのち常温で1年間放置した豆で淹れたコーヒーである。滓以外の何物でもない。これなら温かく稼働するコピー機の紙の匂いを嗅いでいた方がまだ良い。ここまで酷評しておきながら、私は良い所を探す。すると健やかなコクが新緑のように芽生えているではないか。だが結局この芽が生育するはずもなかったのである。私はこういう葉巻をギロチンカッターで切ったとき、なんで首ではなかったのかと本当に思う。(ちなみに、本当以上の嘘はない)
初日の二本が美味しかったのはどういう訳なのだろう。本当に不思議。
|APR SEP 10|5 1/2 x 50|puro-express|€77.25/10|重量:0(13.19g)|算出:+6|香味:+4|
このELもトリニダッドEL同等のかなりの褐色である。あれほどブルーミー(?)ではないものの。
ブルーミーなマデューロにはダニも湧きやすい(?)。ダニの存在に気づかない人もいるが、よくよく見れば葉巻には結構な確率でダニがいる(葉巻に居なくても箱に居る。箱で買わない人ならダニに遭遇しない可能性もある)。ダニより多いのは、白黴とブルームを混同している人である。「やった!ブルームが生えてる!」という喜ばしい人の葉巻画像を見ると、たいてい白黴なのである。そもそもブルームというのはそれほど騒ぐ事でもない気がする。もしそれによって旨味成分が多い確証を得たとして、その旨味成分自体が不味かったら、黴の生えた葉巻の方が美味しそうである。
この葉巻にはブルームも付かずダニもいない。昨日のトリニダッドでは二匹発見した。
一服目から、トリニダッドとは一転して、不整合な感覚がなく、褐色がきちんと嵌る。
褐色といっても、ラッパーはたった一枚の薄い葉なので、全体の香味にそれほど関係ないのかもしれない。だが思った以上に外観どおりの味がする。
二口目にして不思議な美味しい浮遊感がある。ハバナに居るのに同時にニカラグアに居るという完全犯罪の浮遊感に始まり、段々とハバナが国境の形を整えてくるのだが、はや葉巻の絶頂の香味をもって輪郭を整えてくるのである。
金木犀とココナッツの間の子のミントを抱くような、揮発性の草が浮遊感の正体か、出だしではニカラグアの樹脂にミントが添えられていたらしい。
脳髄を何処かに運ばれるような感覚である。差し替え可能な脳髄というか、頭が電気になってしまった。頭というものは電気になりたいらしい。
まだ1センチだが、もう一箱買いたい。
そもそも私はショートロブストみたいなサイズが嫌いであり、リンゲージ50なら最低ロブストの長さがなければいけない。この点のみで、トリニダッド2010は失格で、パルタガス2010は合格なのである。
マデューロっぽい感じはあまりなく、樹脂から重厚なナッツに変わっていく。樹皮ではなく、白木などはさらさらなく、濃密な樹脂であり、それがナッツになるのである。
樹液に纏い付かれたほこほこたるはずの中身は金木犀とココナッツとミント、パルタガス感はなかなか感じにくい。だがこの重厚な香ばしさにしてバランスが良いのはパルタガスならではなのかもしれない。単純に旨味がちゃんとあるという事なのだが、その旨味が何なのかわからない。芋も感じないし米でもパンでもない、麦や藁などもない。甘くて旨くて香ばしい。ちょっと苦い。まったく完璧なのである。吸い進むにつれ、ルシタニアスの全盛を思い出させる。外郭がまったく違うのだが。
派手だが、これに比べるとコイーバ1966でも創作に失敗した創作料理に見える。もっともコイーバという素材の良さは試作でも消えないけれど、1966はコイーバらしさに頼りすぎている気がする。中身がモンテクリストのようだったし。このインチキ分析は、旨味に於いてはどのブランドもパルタガスには負けるという事でしかないのだろう。
これだけ褒めておきながら、+5にはならないのである。バランスが良いといっておきながらバランスが悪いというか、最初から最後まで強烈一辺倒で変化の妙がないというか、当りのルシタニアス(http://dovidaff.pazru.com/Entry/212/)には簡単に負ける。枯淡というようなものが完全に欠如している。褐色が枯淡の風味に枯れるまで待つべきなのか、待っただけ損になる予感もある。枯淡というのは、ヴィンテージモノを指すのではないから。
それにしてもこの外郭の濃さにバランスしている中身というのは凄い。今回はそれが静かだから、より凄さを感じなくもない。中身自体がなんなのかまったく空気のようにわからないのに。
このようにして終盤の満足感を得た辺でまだ中盤の序の口にさしかかったばかりなのである。なんと、これならペティロブストで良かったような気がしなくもない。私はもはや葉巻に疲れて、いまやパイプをちびちび吸いたい。いかにも凡庸だが、パイプを吸おうと思った日には葉巻が吸いたく、葉巻を吸おうと思った日にはパイプが吸いたいのである。
こう書いた直後、パルタガスらしい荒々しさに覆われる暗雲の雰囲気になる。だが肺喫煙してみると、なんと軽いのである。この軽さには今まで気づかなかった。当然咳き込むものだと思っていた。軽いといってもタール30はあるけれど。……パイプをちびちびしてニコチン酔いする人もいるらしく、この葉巻はもしやそんな人でも大丈夫なのではないだろうか。パイプでニコチン酔いした事がないのでわからないが、パイプでニコチン酔いしない為に葉巻に馴れるのも手だろうとは思う。
荒さは雰囲気のままにとどまる。
あまり関係ないが、片燃えがずっと続いていた。
嘗て1001で2本買ったEL-D5のするするしたサランラップを舌に貼ったような感触はまったくない。あれはあれで特別だった気がするが、近年のELはマデューロ傾向のみがあって、それゆえニカラグアっぽいのだろうか。昔のELがわからないのでわからない。大体、2年熟成させた葉を使用しているとか5年熟成させた葉を使用しているとか言われても、0年の物を買って自宅で熟成させれば葉巻が黒くなるというものでもないのである。つまり、製造者の熟成方法と自宅での熟成はまったく異なり、基本的に熟成させないハバナがマデューロを作ればマデューロばかり作っている国の葉巻に似てしまう。これがマデューロなのかどうかもわからないが、かえって通常のハバナよりも凡庸なのである。要するに国交断絶亜米利加人向けなのか。国交断絶でなければ、亜米利加人向けではないのか、わからない。私は亜米利加人を馬鹿にしているのではないのである。こんな教科書的な文句にはまったく興味がない。
このようにして、終盤はあまり面白くない。余計な事を考えさせるのである。荒いが、パルタガスらしい荒さというよりは、ただの老衰の雑味ばかりがある。最終盤独特の熱による薄荷の所為で、モンテやコイーバに近づきもする。それにしても長く、凄かった。残3センチまで持つか持たないか、最々終盤は薄味になり、その所為で軽く感じるが、強い。辛みも消え、実にするするとしているのである。
このELもトリニダッドEL同等のかなりの褐色である。あれほどブルーミー(?)ではないものの。
ブルーミーなマデューロにはダニも湧きやすい(?)。ダニの存在に気づかない人もいるが、よくよく見れば葉巻には結構な確率でダニがいる(葉巻に居なくても箱に居る。箱で買わない人ならダニに遭遇しない可能性もある)。ダニより多いのは、白黴とブルームを混同している人である。「やった!ブルームが生えてる!」という喜ばしい人の葉巻画像を見ると、たいてい白黴なのである。そもそもブルームというのはそれほど騒ぐ事でもない気がする。もしそれによって旨味成分が多い確証を得たとして、その旨味成分自体が不味かったら、黴の生えた葉巻の方が美味しそうである。
この葉巻にはブルームも付かずダニもいない。昨日のトリニダッドでは二匹発見した。
一服目から、トリニダッドとは一転して、不整合な感覚がなく、褐色がきちんと嵌る。
褐色といっても、ラッパーはたった一枚の薄い葉なので、全体の香味にそれほど関係ないのかもしれない。だが思った以上に外観どおりの味がする。
二口目にして不思議な美味しい浮遊感がある。ハバナに居るのに同時にニカラグアに居るという完全犯罪の浮遊感に始まり、段々とハバナが国境の形を整えてくるのだが、はや葉巻の絶頂の香味をもって輪郭を整えてくるのである。
金木犀とココナッツの間の子のミントを抱くような、揮発性の草が浮遊感の正体か、出だしではニカラグアの樹脂にミントが添えられていたらしい。
脳髄を何処かに運ばれるような感覚である。差し替え可能な脳髄というか、頭が電気になってしまった。頭というものは電気になりたいらしい。
まだ1センチだが、もう一箱買いたい。
そもそも私はショートロブストみたいなサイズが嫌いであり、リンゲージ50なら最低ロブストの長さがなければいけない。この点のみで、トリニダッド2010は失格で、パルタガス2010は合格なのである。
マデューロっぽい感じはあまりなく、樹脂から重厚なナッツに変わっていく。樹皮ではなく、白木などはさらさらなく、濃密な樹脂であり、それがナッツになるのである。
樹液に纏い付かれたほこほこたるはずの中身は金木犀とココナッツとミント、パルタガス感はなかなか感じにくい。だがこの重厚な香ばしさにしてバランスが良いのはパルタガスならではなのかもしれない。単純に旨味がちゃんとあるという事なのだが、その旨味が何なのかわからない。芋も感じないし米でもパンでもない、麦や藁などもない。甘くて旨くて香ばしい。ちょっと苦い。まったく完璧なのである。吸い進むにつれ、ルシタニアスの全盛を思い出させる。外郭がまったく違うのだが。
派手だが、これに比べるとコイーバ1966でも創作に失敗した創作料理に見える。もっともコイーバという素材の良さは試作でも消えないけれど、1966はコイーバらしさに頼りすぎている気がする。中身がモンテクリストのようだったし。このインチキ分析は、旨味に於いてはどのブランドもパルタガスには負けるという事でしかないのだろう。
これだけ褒めておきながら、+5にはならないのである。バランスが良いといっておきながらバランスが悪いというか、最初から最後まで強烈一辺倒で変化の妙がないというか、当りのルシタニアス(http://dovidaff.pazru.com/Entry/212/)には簡単に負ける。枯淡というようなものが完全に欠如している。褐色が枯淡の風味に枯れるまで待つべきなのか、待っただけ損になる予感もある。枯淡というのは、ヴィンテージモノを指すのではないから。
それにしてもこの外郭の濃さにバランスしている中身というのは凄い。今回はそれが静かだから、より凄さを感じなくもない。中身自体がなんなのかまったく空気のようにわからないのに。
このようにして終盤の満足感を得た辺でまだ中盤の序の口にさしかかったばかりなのである。なんと、これならペティロブストで良かったような気がしなくもない。私はもはや葉巻に疲れて、いまやパイプをちびちび吸いたい。いかにも凡庸だが、パイプを吸おうと思った日には葉巻が吸いたく、葉巻を吸おうと思った日にはパイプが吸いたいのである。
こう書いた直後、パルタガスらしい荒々しさに覆われる暗雲の雰囲気になる。だが肺喫煙してみると、なんと軽いのである。この軽さには今まで気づかなかった。当然咳き込むものだと思っていた。軽いといってもタール30はあるけれど。……パイプをちびちびしてニコチン酔いする人もいるらしく、この葉巻はもしやそんな人でも大丈夫なのではないだろうか。パイプでニコチン酔いした事がないのでわからないが、パイプでニコチン酔いしない為に葉巻に馴れるのも手だろうとは思う。
荒さは雰囲気のままにとどまる。
あまり関係ないが、片燃えがずっと続いていた。
嘗て1001で2本買ったEL-D5のするするしたサランラップを舌に貼ったような感触はまったくない。あれはあれで特別だった気がするが、近年のELはマデューロ傾向のみがあって、それゆえニカラグアっぽいのだろうか。昔のELがわからないのでわからない。大体、2年熟成させた葉を使用しているとか5年熟成させた葉を使用しているとか言われても、0年の物を買って自宅で熟成させれば葉巻が黒くなるというものでもないのである。つまり、製造者の熟成方法と自宅での熟成はまったく異なり、基本的に熟成させないハバナがマデューロを作ればマデューロばかり作っている国の葉巻に似てしまう。これがマデューロなのかどうかもわからないが、かえって通常のハバナよりも凡庸なのである。要するに国交断絶亜米利加人向けなのか。国交断絶でなければ、亜米利加人向けではないのか、わからない。私は亜米利加人を馬鹿にしているのではないのである。こんな教科書的な文句にはまったく興味がない。
このようにして、終盤はあまり面白くない。余計な事を考えさせるのである。荒いが、パルタガスらしい荒さというよりは、ただの老衰の雑味ばかりがある。最終盤独特の熱による薄荷の所為で、モンテやコイーバに近づきもする。それにしても長く、凄かった。残3センチまで持つか持たないか、最々終盤は薄味になり、その所為で軽く感じるが、強い。辛みも消え、実にするするとしているのである。
|MGA NOV 10|4 x 48|puro-express|€97.50/12|重量:−1(10.51g)|算出:+4|香味:+3|
コイーバのマデューロに似た感覚のトリニダッド(のマデューロ)。
開封直後の印象があの黒いインヘニオスにそっくり。
香味もコイーバのマデューロとインヘニオスに似た箇所がある。
杉に樫を巻いたような固い味。
樫の皮は濃く香ばしく、中身はさわさわとして爽やか。
中身は通常のトリニダッドのそれとあまり変更点はないらしい。
爽やかさは固い皮が揮発している所為か。
先日のコイーバ1966に引けを取らない香ばしさ。
トリニダッドらしいマイルドな杉の白木と樫の樹皮とが合うのかは微妙なところ。
トリニダッドでELを作るとしたらこのように皮を変えるしかないのかもしれない。
近い印象はあるものの、コイーバの皮は岩なのに、こちらの皮は染み臭い樹皮である。
樹液を啜る感じが美味しいかもしれない。虫は恐い。
夏の昆虫採集を思い出す。思い出すというより、それそのものが香ってきて、きわめて懐かしい。
味わいが麦藁っぽいのは、到着日に於ける変質か。
夏に麦藁帽子は合うが、葉巻の麦藁はあまり良いものではない。
此処までで2センチ。
突然、徐々に、突然徐々に煙量が多くなり味が強くなる。
香味はまったくそのまま、荒くもならない。
強さの直後にトリニダッドらしく滑らかに凪ぐ。
この時点で肺喫煙可能の軽さ。
煙は多いのに、タール16という感じ。煙が少なければタール6である。
終盤、苦みが増して、かなり苦い。
太々しい苦さに、濃厚な小便とともに揮発する木。
花のような小便である。
こうなると樫樽の蒸留酒を飲むしかない。
飲み物を変えたからか葉巻自体が変わったのか、チョコのようなコクが出て揮発性が消える。
ウイスキーは非常に良く合う。はじめからそうすべきだった。
着火前は非常に美味しく感じていた地ビールが台無しであった。
葉巻も小さいので、蒸留酒をストレートでちびるのにちょうど良い。
終盤で火種が虫食いのようにトンネルしてラッパーに穴を開ける。巻きは完璧ではないらしい。
片燃もずっと。
なんだかわからないが、濃厚でバランスが悪くも良くて香ばしくて旨い。何の比喩もなく形容詞の羅列に終わる。
それでも美味しいのだからトリニダッドである。トリニダッドとは思えない濃さと香ばしさなのに。
コイーバに比べると微妙な点が多い。
トリニダッドの微妙さはちょっと変化を付けてもだめ。
トリニダッドの微妙さは小さいビトラでは膨らまない。
ロブストエクストラとフンダドレス以外存在しなくて良さそう。
駄目さほど可愛いものもない。
トリニダッドでなければここまで駄目になりきれない気がする。
駄目駄目といってもなんだか美味しいし、癖になる。へたうまにしては高い。
非常に高い次元で失敗している。
非常に高いヘタウマが成功している。
皮が濃いせいで、中身が不当に味気なく感じられるのかもしれない。
纏まらないので箇条書き。煙にそのまま流されて何も考えないいつもの文体に疲れて、新しい文体を開発しようとしたけれど。
先日の「青い黄砂のような土の綿飴が風船になって虚空に混じる」などというメトニミーなのかエコノミーなのかもわからない『存在しないものへの比喩』は煙でしか成立しない文体なのだが。そんな風船で全編を覆っていたら夜が開けてしまうし、かえって煙たくなくなってしまうかもしれない。葉巻が本業ならそれをやろうと思った暁にはできなければならないけれど。それとも、葉巻が本業ではないからこそできなければならないのか。
関係ないが、いつも重量はバンドを巻いたまま計っている。
コイーバのマデューロに似た感覚のトリニダッド(のマデューロ)。
開封直後の印象があの黒いインヘニオスにそっくり。
香味もコイーバのマデューロとインヘニオスに似た箇所がある。
杉に樫を巻いたような固い味。
樫の皮は濃く香ばしく、中身はさわさわとして爽やか。
中身は通常のトリニダッドのそれとあまり変更点はないらしい。
爽やかさは固い皮が揮発している所為か。
先日のコイーバ1966に引けを取らない香ばしさ。
トリニダッドらしいマイルドな杉の白木と樫の樹皮とが合うのかは微妙なところ。
トリニダッドでELを作るとしたらこのように皮を変えるしかないのかもしれない。
近い印象はあるものの、コイーバの皮は岩なのに、こちらの皮は染み臭い樹皮である。
樹液を啜る感じが美味しいかもしれない。虫は恐い。
夏の昆虫採集を思い出す。思い出すというより、それそのものが香ってきて、きわめて懐かしい。
味わいが麦藁っぽいのは、到着日に於ける変質か。
夏に麦藁帽子は合うが、葉巻の麦藁はあまり良いものではない。
此処までで2センチ。
突然、徐々に、突然徐々に煙量が多くなり味が強くなる。
香味はまったくそのまま、荒くもならない。
強さの直後にトリニダッドらしく滑らかに凪ぐ。
この時点で肺喫煙可能の軽さ。
煙は多いのに、タール16という感じ。煙が少なければタール6である。
終盤、苦みが増して、かなり苦い。
太々しい苦さに、濃厚な小便とともに揮発する木。
花のような小便である。
こうなると樫樽の蒸留酒を飲むしかない。
飲み物を変えたからか葉巻自体が変わったのか、チョコのようなコクが出て揮発性が消える。
ウイスキーは非常に良く合う。はじめからそうすべきだった。
着火前は非常に美味しく感じていた地ビールが台無しであった。
葉巻も小さいので、蒸留酒をストレートでちびるのにちょうど良い。
終盤で火種が虫食いのようにトンネルしてラッパーに穴を開ける。巻きは完璧ではないらしい。
片燃もずっと。
なんだかわからないが、濃厚でバランスが悪くも良くて香ばしくて旨い。何の比喩もなく形容詞の羅列に終わる。
それでも美味しいのだからトリニダッドである。トリニダッドとは思えない濃さと香ばしさなのに。
コイーバに比べると微妙な点が多い。
トリニダッドの微妙さはちょっと変化を付けてもだめ。
トリニダッドの微妙さは小さいビトラでは膨らまない。
ロブストエクストラとフンダドレス以外存在しなくて良さそう。
駄目さほど可愛いものもない。
トリニダッドでなければここまで駄目になりきれない気がする。
駄目駄目といってもなんだか美味しいし、癖になる。へたうまにしては高い。
非常に高い次元で失敗している。
非常に高いヘタウマが成功している。
皮が濃いせいで、中身が不当に味気なく感じられるのかもしれない。
纏まらないので箇条書き。煙にそのまま流されて何も考えないいつもの文体に疲れて、新しい文体を開発しようとしたけれど。
先日の「青い黄砂のような土の綿飴が風船になって虚空に混じる」などというメトニミーなのかエコノミーなのかもわからない『存在しないものへの比喩』は煙でしか成立しない文体なのだが。そんな風船で全編を覆っていたら夜が開けてしまうし、かえって煙たくなくなってしまうかもしれない。葉巻が本業ならそれをやろうと思った暁にはできなければならないけれど。それとも、葉巻が本業ではないからこそできなければならないのか。
関係ないが、いつも重量はバンドを巻いたまま計っている。
銘
囹
月