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  源氏物語「葉」
++葉巻++シガー++レビュー++個人輸入++ブログ

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 最近、安い「葉巻もどきの紙巻」を常用している。『ダブルハッピネス』という。紙巻だと葉の量に関係なく「1本あたり幾ら」のタバコ税が掛るが、分類が葉巻だからか、純粋に葉の量で税額が算出されるらしく、巻紙が細ければ細いほど一本あたりのタバコ税が安くなる。分類が紙巻であれば、どんなに細くてもタバコ税は安くならない。ダブルハッピネスは細いぶん安くなる。(タバコ税に精通していないのでなんとなくなのだが、こういう理由で安くなっているのだと思い込んでいる。)
 『ダビドフ・ワン』が終売になった折、何に鞍替えすべきかと悩みに悩んで選んだ煙草である。大袈裟ながら絶望の中での模索だった。それぐらいワンに染まっていた。そこへ貧乏くさくも吉兆なこれが現れ、味が許容できる上、ずっと安いという、ワンが終売になてくれてかえって嬉しくなるぐらいの発見だった。より高額な煙草は、いずれも味が気に食わなかった。どれも妙に喉やら頬やらに引っ掛かるところがある。葉巻慣れしていたお陰でこれだけはすんなり馴染んだのだろうか。ワンとは似ても似つかないのに。
 煙草に親しみ始めた頃、ラッキーストライク・オリジナルやJPSを気に入っていて、随分経ってから次にラーク・マイルドに切り替えたのではないかと記憶している(父の死後に、父と同じラークに変えた記憶がある)。ラーク時代も長かった。この間、味への興味で、『若葉』や『エコー』などの安物から、ダビドフほか世界の高額紙巻をちょくちょく買ったりもしていて、それでもニコチン0.1mmの物などは興味の外にあったはずなのだが、ダビドフのみを味比べしようとダビドフを全制覇した時ででもあったろうか、ワン(当時は「ワン」という名称ではなかった)の天国的な軽さに当てられ急激にニコチンの低まった物を常用することになったのである。あの頃はまだシガリロの味も知らなかったのではないかと思う。あるいはコイーバとダビドフのシガリロだけは経験済みだったかもしれない。個人史の何時に挿入すべき話か自分でわからないが、コイーバのシガリロは黒く、ダビドフのシガリロは白いなぁ、などと思ったりしていた。前者の重厚さと、後者の香り高さを薄々感じていた。今もそうかもしれないが、薄々しか感じておらず、「えもいわれぬこの両者の違いをなんと表現しよう」などと考えていたかもしれない。
 最近の暴走族は何を思って走っているのだろう、年末に。年末に走るのだから、何末の意識は暴走族にもある。そこが最近可愛い。我がマンションにも暴走族の一員のバイクが止めてある。駐輪場で鉢合わせて、心底良さそうな奴ではあるが、同じバイクが年末でもない夏に約2キロ離れた駅のロータリーで単独で孵化しているのを目撃した時はなんだか恥ずかしさを覚えた。
 私は暴走族らしく14歳から煙草を吸っていて(暴走族ではない者たちの当時の煙草事情)、ダビドフワンに鞍替えしたのが25歳ぐらいだと思うから、昨年末に終売となるまで、おおよそ17年ぐらい愛用していたのである。他は併せても11年ぐらいなのに、むしろラッキーストライクの歴史のほうを長く感じる。その草が身に染みている。歳を取るほど1年を短く感じるとはいうが、ワンの軽さはけっして身に付かず、ふわふわと離れていくものなのかもしれない。
 昨年末に終売となったその貴重な残り香を、今年も年末だからと燻らせているのである。
 もう4箱しか残っていない。
 加えてダビドフ・マグナムも一箱残る。マグナムもワンと同時に買えなくなった。昨年の大晦日に、外苑前の煙草屋でワンの最後の1カートンを買い、マグナムを1箱買った。
 紙巻をヒュミドールに入れると紙が染みだらけになるし、味も別に良くならないので、外に置いている。
 来年の年末にはマグナムを開封してしまうだろうし、ワンともども4年後にはこの世からすっかり消えると思う。マグナムは取っておくと価値が上がりそうではある。外国語が面倒で調べていないが、もし日本のみで終売ということであったら嬉しい、個人輸入したい。
 かくして久しぶりにワンを1本、次にハッピネスを1本燻らせてみた。前置きの長さが愛着の深さを物語るのか。
 ワンはめっぽう軽くて密かに甘い。とはいえ煙草としての軽さをば感じない不思議。雑味皆無の羽がやはり生えている。17年間美味しく燻らせたが知らなかった、昔は私に完璧な羽が生えていたのだ。
 常用中のハッピネスはワンの直後にくゆらせるとよくよく葉巻たちを思い出させる。羽をもがれて落下するイカロスのようなことはない。味わいも深くないのに、許せるところが多い。許せるところが全てである。許しという、意外な名品ではないかと思う。緑草を黒っぽく塗りつぶしたようであるのに、何処にも黒色がない。
 ワンは葉巻の後に吸うと全く別の表情を見せたのに、ハッピネスは頑なに表情を変えない。ワンは葉巻の後に吸うと葉巻めいたのに、ハッピネスは頑なに「もどき」の表情を変えない。
 ダビドフの紙巻は巻紙の欠片がひらひらと勝手に火種を離れ自分のズボンの上や喫茶店の隣席の人の顔の方へ散り漂う欠点があった、この紙の軽さも懐かしい。ダビドフは葉巻でも灰がポロリする物が多い。
 ダビドフの紙巻はドイツ製で、終売の3年ぐらい前だろうか、生産工場を変えた時に「血じみた鉄臭さ」が香るようになってしまったのだが、工場の鉄も馴染んでいたのだったか、今日の一本にも血を感じない。血が嫌で当時ダビドフを辞めようとしていろいろ物色したのを憶えている。結局ダブルハッピネスのような代わりの物が見つからず、いやいやダビドフの血に慣れていったような記憶があるが、工場の慣れなのか(工場が血を失ったのか)、私の慣れなのか(私が血を感じなくなっただけなのか)判然としない。

 以上の長文はなんだろう。
 紙巻きの場合、普通はなんらかの決まった銘柄を常用し、稀にその他の紙巻を貰ったりすると不味い違和感が絶対にあるが、この二つは交互にも不思議とそうした不味さが生じない。ダブルハッピネスは細いので携帯灰皿をすぐに満杯にしない点も良い。
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