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  源氏物語「葉」
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|COC|$125/5|arr --|
|VEL MAY 01|9 1/4 x 47|重量:16.49g|香:4.4~4.4 ave4.4|残0|

SANCHO PANZA sanchos

 棒の如く来年までつづくお正月気分をふと『サンチョス』で締めようという気になった。

 来年の黄金週間まで待てばちょうど二十年物に達するというのに、今この希少品に着火してしまって良いのか。しかしふと思い立った時というのはたいてい当りを引く。気分が味を左右しているのか、不明である。昼の15時40分まで寝てしまったので、今日は夜が長いというのもある。

 奇蹟じみた吸い込みの良さ。気分が味を左右するというより、オカルト的にかヒュミドールの中から私を呼んだだけのことはある。どうして呼ばれるのか、声に神経を尖らせていたのか。オカルトならずに神経=感覚というものは自分で思っているよりも情報が豊富で、さりげなくも膨大に沈潜する記憶からふと閃光のように呼び声が来迎する、一年に三回ぐらいはこういう光が見えても良い。1時40分に着火。

 ライトでふくよかなハバナの風味、なぜか美味しく何か非常に懐かしい、サンチョパンザといえば胡麻団子だったろう。火種が遠い感じはそのままするものの、香味が弱い感じはない。遠いのに、物足りなさは満たされて、香味ふくよかにして涼しさを感じるのが不思議である。パイプでも煙道が長いと煙が冷えて良いという(ベテランは短いパイプばかり持っている気がするが)。短い葉巻では温かい空気を吸っていたのだなとAに寄り掛って初めて気づく。

 (左のサンチョをクリックすると)サンチョではサンチョスの記事ばかり書いている。サンチョスの記事はこれで六回目。今日を含めて10本目のサンチョスの灰。

 過去を振り返りつつ、14分経過時点で灰ポロリを喰らってしまう。灰は25ミリ程度で落ちてしまうようである。

 微かだった花がしっかり匂い始める。

 まだまだ長いが、だんだん短くなっていく涼しさが惜しい。灰が二回も落ちればダブルコロナよりも短くなってしまう。

 Aのリンゲージは47なので、意外やダブルコロナよりスマートだ。

 サンチョスは2001年と2005年の物を箱で買っていて、2001年のこの箱は購入日の記録がない。このブログを始める以前、2010年以前に購入した物と思われる。あの頃はCOCをメインに使っていた。

 いろいろなことを振り返っている。

 元々荒さを感じた覚えもないし、サンチョはサンチョスに限らずいつも弱々しいので、荒さが年月に削ぎ落とされたわけではないと思うものの、かえって少しピリッとしたところが出てきたのか、元が枯淡ならこのコタンをどう言えば、不老長寿のお茶を飲み始めて三年というところだろうか。ハバナにして中国に似た趣きも、中国茶に合う趣もある。ほかの銘柄の葉巻に中国を覚えることはほとんどないと思う。

 長いのに、変化云々よりも、単にサンチョの葉の持ち味を心ゆくまで香り尽くすもの。

 終盤というか中盤に、中華饅(餡子入)が墨汁で温かく描かれる。煤を練り上げたような焦げの風味が餡子に作用している。

 インパクトがないので、先日のインヘニオスに続けてこれもまたベテラン向きというべきか。中国の宿、忙しなく名所廻らず、引篭って、縁から景色を眺めて見飽きない人向きかもしれない。水墨画の景色は絵に描いたように刻々と変らず、いつまで眺めていても小さな発見しかない。景色に花がないわけではない。花が主役でもない。それが極上である。陽が落ちてもこの景色目を離れず、中国片田舎の薄荷湯に浸かる。

 湯上り、ペティコロナの灰が一度落ちる頃、あとは眠るという雑務と雑味があるばかりだ。

 混凝土の住人が愉しむこれと、中国の現地の人(想像の人だが)が愉しむこれに、違いがあるのだろうか。煙に見る景色が克明であるほどに差は縮まるはずで、景色が煙る水墨画そっくりともなれば、差はさらに縮まると思うのである。

 もうこれを楽しむことはない。さようなら。




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