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|EOT DIC 16|6.1 x 50|cigarOne|$122/10|重量:+1(17.24g)|算出:5|香味:+4|計10点|
間もなく吹き飛ばされそうですが、今年の金木犀が咲きました。ということで葉巻の中で最も金木犀に近いと思うモンテクリストから、エスペシアレスNo.2があれば一番良いのですが、ダブルエドムンドしかないのでこれになりました。Aも秘蔵していますが、飄々と着火できるものはこれのみです。
葉巻の中で、葉巻の中の花の中で、葉巻の中の花の中の金木犀の中でも最も金木犀に近いので、モンテクリストばかり年中燻らせていたら、今日は「今年のモンテクリストが咲きましたね」と言い間違えたかもしれない。
久しぶりのモンテクリストの香は冷感を伴って脳髄に沁みますから、金木犀と全く同じ悲しみに似た効能があります。
「秋の夜長」という言葉を思い出すと、ルシタニアスも恋しくなります。おかしな言葉です。
ところが、この箱は実に吸い込みが悪く、せっかくの香味を台無しにしている。同じ箱に同じ巻き手の葉巻を入れるのをやめてほしい。
それでも一口ごとに来る味わいは購入時よりはるかに高ぶり、もう多少の吸い込み難を許すほど高まってしまった。『吸い込みに合わせて呼吸法を変える技』を身につけろ、と思って自らいちゃもんを諌めてしまう。既に身につけたのか葉巻が美味しいだけなのかは判別不能。
色々な葉巻に手を出してみると、結局モンテクリストにはコイーバと並んで突兀とした独特さがある。ハバナ土壌特有の味わいが濃いのに、乾いた味がすることなく底知れずしっとり湿り、何処かへ浮遊してしまうような品を持ち合せている。
キャラメルに一番近いのもモンテクリストで、青空であれ夜空であれ空に最も近いのもモンテクリスト、白い粉を最も多く含んでいるのもモンテクリスト、ふと蕎麦を抓みながら山葵を突つく映像が浮かぶ。重厚にして軽快で爽やかささえある。紙のような新聞紙のような風味は、滅多に目覚めた事のない朝の、ゆったりした記憶まで呼び戻す。
微妙さではコイーバにも勝っていると思う。
この煙と窓に染み入る秋風との区別がつかなくなったら、もう何も言うことはなく、松尾芭蕉の口にこの葉巻を突っ込みたいというおおらかな気持ちになる。
古池の句をずっと「古池」というふうにきちんと憶えていながら、句を知って以降つい最近までその映像はすっかり「古井戸」だったのである。おそらく池よりも井戸の方が蛙の飛び込む音がよく響くからで、井戸の中には池があり、池の周りに金木犀。井戸はもちろん葉巻なのである。
口径により味がぼやけるかと思っていたし、実際に新聞紙味ということもあるし、オープンとエスペシアレスの間の子のエドムンドかと感じる部分もあるが、これはラギート並に力強くモンテ蛙が跳ねている。軽やかにぽちゃん。そして管見で空を見上げる。円くて青い。
中盤から、金木犀も実物の木に寸分違わぬ出来となり、期待通りすぎて驚きがないほど。どうして、此方の方がちゃんと木の匂いもする。
終盤おとろえはやく、残9センチで無味と化していがいがする。
終盤はともかく、吸い込みが通って、さらにもう一年も経てばというところ、そういうものは狙ってもなかなか無いと思う。何故か無い。寝かせることしかできないし、そうではなくて、何故か無い。
金木犀をキャラメリゼしたくありません?
間もなく吹き飛ばされそうですが、今年の金木犀が咲きました。ということで葉巻の中で最も金木犀に近いと思うモンテクリストから、エスペシアレスNo.2があれば一番良いのですが、ダブルエドムンドしかないのでこれになりました。Aも秘蔵していますが、飄々と着火できるものはこれのみです。
葉巻の中で、葉巻の中の花の中で、葉巻の中の花の中の金木犀の中でも最も金木犀に近いので、モンテクリストばかり年中燻らせていたら、今日は「今年のモンテクリストが咲きましたね」と言い間違えたかもしれない。
久しぶりのモンテクリストの香は冷感を伴って脳髄に沁みますから、金木犀と全く同じ悲しみに似た効能があります。
「秋の夜長」という言葉を思い出すと、ルシタニアスも恋しくなります。おかしな言葉です。
ところが、この箱は実に吸い込みが悪く、せっかくの香味を台無しにしている。同じ箱に同じ巻き手の葉巻を入れるのをやめてほしい。
それでも一口ごとに来る味わいは購入時よりはるかに高ぶり、もう多少の吸い込み難を許すほど高まってしまった。『吸い込みに合わせて呼吸法を変える技』を身につけろ、と思って自らいちゃもんを諌めてしまう。既に身につけたのか葉巻が美味しいだけなのかは判別不能。
色々な葉巻に手を出してみると、結局モンテクリストにはコイーバと並んで突兀とした独特さがある。ハバナ土壌特有の味わいが濃いのに、乾いた味がすることなく底知れずしっとり湿り、何処かへ浮遊してしまうような品を持ち合せている。
キャラメルに一番近いのもモンテクリストで、青空であれ夜空であれ空に最も近いのもモンテクリスト、白い粉を最も多く含んでいるのもモンテクリスト、ふと蕎麦を抓みながら山葵を突つく映像が浮かぶ。重厚にして軽快で爽やかささえある。紙のような新聞紙のような風味は、滅多に目覚めた事のない朝の、ゆったりした記憶まで呼び戻す。
微妙さではコイーバにも勝っていると思う。
この煙と窓に染み入る秋風との区別がつかなくなったら、もう何も言うことはなく、松尾芭蕉の口にこの葉巻を突っ込みたいというおおらかな気持ちになる。
古池の句をずっと「古池」というふうにきちんと憶えていながら、句を知って以降つい最近までその映像はすっかり「古井戸」だったのである。おそらく池よりも井戸の方が蛙の飛び込む音がよく響くからで、井戸の中には池があり、池の周りに金木犀。井戸はもちろん葉巻なのである。
口径により味がぼやけるかと思っていたし、実際に新聞紙味ということもあるし、オープンとエスペシアレスの間の子のエドムンドかと感じる部分もあるが、これはラギート並に力強くモンテ蛙が跳ねている。軽やかにぽちゃん。そして管見で空を見上げる。円くて青い。
中盤から、金木犀も実物の木に寸分違わぬ出来となり、期待通りすぎて驚きがないほど。どうして、此方の方がちゃんと木の匂いもする。
終盤おとろえはやく、残9センチで無味と化していがいがする。
終盤はともかく、吸い込みが通って、さらにもう一年も経てばというところ、そういうものは狙ってもなかなか無いと思う。何故か無い。寝かせることしかできないし、そうではなくて、何故か無い。
金木犀をキャラメリゼしたくありません?
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