×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
|MES MAY 11|4.7 x 52|coh-hk|$285/10|重量:0(12.43g)|算出:+1|香味:+2|
フットのフィラーを覗くと濃淡はあるものの単一色である。茜や緑や黒は無く、茶色。香はチーズ臭のような葉巻臭。いつもだが、どうして葉巻の匂いを嗅ぐと嚔が出るのだろう。胡椒と同じ原理だろうか。
一口目は普通の葉巻。良くできたニカラグアモノというか、ハバナ感が薄いというか、それゆえハバナっぽいというか、半々。二口目から甘そうな気配がしてくる。5口目ぐらいまでは薄口で、ピリ辛で、輪郭が整わない。だが既にいずれ花っぽい物だとわかる。
やはり極めて木犀が多い。葉巻感は水を塗ったよう。モネが蓮を描くように執拗に金木犀が薫り、そんな絵で飾られた四阿に居るようである。モネという、なんともミーハーな感じがこそばゆい。
木犀といえば小便の染みたような木から咲くのだが、これは小便の染みた土から咲くようなところがある。もっとも前者の木も土から生えるには違いないけれど。コイーバ全体を岩に喩えるなら、コイーバらしい岩は希薄である。でもどれかといったら、やはりコイーバでしかない。岩が空を飛んでいるような気がする。重い岩が飛んでいるというよりは、気球にペイントした岩が飛んでいるような感じなのだが。
花が少し落ち着くと、かえって枯れ始めではなく、咲き始めの新鮮な木と土が目立ってくる。土と木はやはり水を塗ったように淡い。モネが水彩画に転向したよう。
途中で酸味が来るのは御愛嬌だろうか。
極めて高級な個体だとはわかる気がするのだが、何か足りない。高級品にも当り外れはあり、当り外れは製造元でも判別しかねるのだろう。当ったらどうなるのか、たったの十本で当るのか、甚だ不明。
巻きは若干緩かった。それが水っぽさと辛みを多少加えすぎている気がする。
一度灰を落とすと、54にあったような炭っぽさが出てくる。この時点で岩が漸く岩となり、しかしその岩が炭で描かれているのである。岩が土に近いという事なのかもしれない。土に黴の生えたような古人形の香が立っている。その、あるいは土偶のような人形が、薄い金木犀で彩られているのである。『縄文のヴィーナス(■)』を眺めながら燻らせたらどんなにか美味しいだろう。この葉巻自体、それほど美味しくないというか、今のところ難しすぎるのだが。つまりヴィーナスの手を借りねばならないが。
よっぽどハバナに飽きた人か、全くハバナを知らない人がこれを格別美味しく感じるのではないかと思う。これを愉しむには私のハバナ経験が中途半端すぎる。中途半端さを自負しすぎているのかもしれないが、煙にこんな自意識は通用しないはずで……やっぱり煙は難しい。どうなのだね、玄人と初心者よ。
前回と違って甘味が欠如している。
だがまだ5センチ残っている。ここからだったのである。
淡く滲むような甘味と淡く滲むような土と淡く滲むような花が入り交じるのは。三つ巴がひとえに美味い。三つに共通しているのは淡さで、実に濃い幻惑の淡さ。
一本目と二本目で完全に似て非なる物。ゴールデンウィークなので金色一辺倒でも構わなかったが、むしろ一本目が金色だった。だが二本目も微かに金色が響いているのである。金というのはなかなか軽薄な感じもするのだが、金箔が剥がれて木目を現しはじめた仏像のような印象がなくはない。黒ずんだ木ではないが。
残3センチでナッツが現れる。消える寸前の炎の猛りというか、実際に消火させてしまったのだが、再着火してもナッツは芽生えている。いつまでも序盤のような鮮度を感じるといえば感じるのであるが、それでもやはり終盤は終盤臭い。
フットのフィラーを覗くと濃淡はあるものの単一色である。茜や緑や黒は無く、茶色。香はチーズ臭のような葉巻臭。いつもだが、どうして葉巻の匂いを嗅ぐと嚔が出るのだろう。胡椒と同じ原理だろうか。
一口目は普通の葉巻。良くできたニカラグアモノというか、ハバナ感が薄いというか、それゆえハバナっぽいというか、半々。二口目から甘そうな気配がしてくる。5口目ぐらいまでは薄口で、ピリ辛で、輪郭が整わない。だが既にいずれ花っぽい物だとわかる。
やはり極めて木犀が多い。葉巻感は水を塗ったよう。モネが蓮を描くように執拗に金木犀が薫り、そんな絵で飾られた四阿に居るようである。モネという、なんともミーハーな感じがこそばゆい。
木犀といえば小便の染みたような木から咲くのだが、これは小便の染みた土から咲くようなところがある。もっとも前者の木も土から生えるには違いないけれど。コイーバ全体を岩に喩えるなら、コイーバらしい岩は希薄である。でもどれかといったら、やはりコイーバでしかない。岩が空を飛んでいるような気がする。重い岩が飛んでいるというよりは、気球にペイントした岩が飛んでいるような感じなのだが。
花が少し落ち着くと、かえって枯れ始めではなく、咲き始めの新鮮な木と土が目立ってくる。土と木はやはり水を塗ったように淡い。モネが水彩画に転向したよう。
途中で酸味が来るのは御愛嬌だろうか。
極めて高級な個体だとはわかる気がするのだが、何か足りない。高級品にも当り外れはあり、当り外れは製造元でも判別しかねるのだろう。当ったらどうなるのか、たったの十本で当るのか、甚だ不明。
巻きは若干緩かった。それが水っぽさと辛みを多少加えすぎている気がする。
一度灰を落とすと、54にあったような炭っぽさが出てくる。この時点で岩が漸く岩となり、しかしその岩が炭で描かれているのである。岩が土に近いという事なのかもしれない。土に黴の生えたような古人形の香が立っている。その、あるいは土偶のような人形が、薄い金木犀で彩られているのである。『縄文のヴィーナス(■)』を眺めながら燻らせたらどんなにか美味しいだろう。この葉巻自体、それほど美味しくないというか、今のところ難しすぎるのだが。つまりヴィーナスの手を借りねばならないが。
よっぽどハバナに飽きた人か、全くハバナを知らない人がこれを格別美味しく感じるのではないかと思う。これを愉しむには私のハバナ経験が中途半端すぎる。中途半端さを自負しすぎているのかもしれないが、煙にこんな自意識は通用しないはずで……やっぱり煙は難しい。どうなのだね、玄人と初心者よ。
前回と違って甘味が欠如している。
だがまだ5センチ残っている。ここからだったのである。
淡く滲むような甘味と淡く滲むような土と淡く滲むような花が入り交じるのは。三つ巴がひとえに美味い。三つに共通しているのは淡さで、実に濃い幻惑の淡さ。
一本目と二本目で完全に似て非なる物。ゴールデンウィークなので金色一辺倒でも構わなかったが、むしろ一本目が金色だった。だが二本目も微かに金色が響いているのである。金というのはなかなか軽薄な感じもするのだが、金箔が剥がれて木目を現しはじめた仏像のような印象がなくはない。黒ずんだ木ではないが。
残3センチでナッツが現れる。消える寸前の炎の猛りというか、実際に消火させてしまったのだが、再着火してもナッツは芽生えている。いつまでも序盤のような鮮度を感じるといえば感じるのであるが、それでもやはり終盤は終盤臭い。
PR
銘
囹
月